1924年、スイス生まれ。47年に移民としてアメリカへ。ファッション写真を志向し、アートディレクター、A.ブロドヴィッチのもと『ハーパース・バザー』誌で働くが、次第にドキュメンタリー写真で才覚をあらわした。フォトジャーナリストとして仕事をしていた55~56年、グッゲンハイム財団の奨学金を受けて全米を旅行しながら撮影。格差社会の現実や大衆の倦怠感など、リアルなアメリカ社会を描写した傑作写真集『ジ・アメリカンズ』('58)としてまとめられる。当時はアメリカの栄光を否定するものと酷評されたが、客観性に重きが置かれていたフォトドキュメンタリーを、私的な表現ができるアートの1ジャンルとして開拓した功績は大きい。59年以降は映画も手がけ、写真との中間的な表現を模索する『Lines of My Hand』('72)を刊行。90年代以降に再評価の動きが高まり、世界各地で回顧展が開かれている。(金子義則)
1894年、パリ生まれ。カメラマニアの父親から8歳でカメラを与えられ、写真日記を始める。絵画を本格的に学び、画家としての創作を軸にし続けたが、終生アマチュアとして写真を撮影。自動車レースやスケート、簡易飛行機に興じるベルエポック期の上流階級の様子を記録したスナップは、20世紀初頭のファッションや風俗資料として素晴らしいだけでなく、どれも童心から見つめる一瞬の面白さに溢れ、見る者に彼自身の体験を分け与えるかのようなスリルに満ちている。描写主義の写真からモダニズムへの転換期を創った一人とも評され、リチャード・アベドンが写真集『Diary of a century』の中で紹介して以降、再評価が高まった。86年没。(金子義則)
1990年代後半以降、幅広く活躍する人気写真家。63年神戸市生まれ。94年フランスのロックバンド"マノネグラ"のラテンアアメリカツアーを撮影したシリーズ"GOOD
TRIPS,BAD TRIPS"で、キャノン写真新世紀・ロバートフランク賞を受賞し脚光を浴びる。写真集は、フィリピンなどを旅して撮影された『VERY
SPECIAL LOVE』や、撮る側と撮られる側の瞬間の交感が心地良い、知的障害者達のバンドを捉えた『サルサ・ガムテープ』など初期の作品集から、近年の長い歳月撮り続けて来た「桜」をモチーフにした『encounter』や『Cherryblossoms』での、美しいだけの桜の写真とは異なる、出合いの瞬間のきらめきのさまざまな印象を捉えたものまで、一貫しているのは、ありがちな認識に流されがちな対象を、その写真によってさり気なく新しい視点と認識を感じさせてくれる点にあり、人気写真家の側面を越えて目の離せない存在の写真家。
(柳 喜悦)
写真家紹介
尾仲浩二
1960年福岡県生まれ。82年東京写真専門学校を卒業後、森山大道ら写真家たちによる自主運営ギャラリー「CAMP」などの活動を経て、88年にギャラリー「街道」を開設。以後自ら運営するギャラリーで活動していく。「街道」閉鎖までの4年間発表し続けたシリーズ『背高あわだち草』を92年にまとめた同名写真集で高い評価を得る。日本各地を旅し、どこかなつかしさを感じさせるさびれた地方の光景を、モノクロで撮影しつつもありがちなノスタルジアとは異なる微妙な空気感を醸し出す写真で根強いファンが多い。99年にカラープリントの現像機を暗室に入れて以降、ネガカラーでの撮影になり、2001年東京をとらえた写真集『TOKYO CANDY BOX』を刊行。続く『hysteric five』では、これまでモノクロで捉えてきた地方の風景をカラーで写しだし、カラーの独特の色合いのなかに、今ある時間と記憶が織り成す不思議な空気感を醸し出している。最近では、10年以上経た過去のネガを見直す事から、記憶の遠さの中で新たに生まれた感覚が生み出した印象的な『The Dog in France』などが刊行されており、また海外での評価も高く、03年に刊行後すぐに完売絶版となっていた『Slow Boat』は海外で再刊がなされた。(柳 喜悦)